法律の常識と社会の常識

どうも、以前から気になっていた事があります。

 

こちら一般人の立場から、浄土真宗親鸞会について、書いたとします。

あくまで、浄土真宗について、ですよ?

 

にもかかわらず、論点をずらしたり、反対解釈や拡張解釈、法律では一般的にやらない学者の解釈などをちゃんぽんして

いたりするのが浄土真宗親鸞会の中に

います。

法律家ならば論点をずらして反論したり

反対解釈「犬をいじめてはいけません。」→「猫いじめました」みたいな

解釈です。

法律家でもこれは無理筋ですが、やむなくこのような戦い方をする場合もあるようです。

 

しかし、一般人が真面目に浄土真宗の教義について話している時に、

法律家の常識を持ち込んで戦うのは、

なんのためにもなりませんよ。

浄土真宗において、

反論して戦う手段の為の法学などありません。

浄土真宗は、浄土真宗の教義で話をする

ものです。

 

親鸞会に呆れてしまう方々は、土俵や論点をずらし、妙な社会的に使わない反論

の仕方をしてくるからです。

妙な違和感を感じた人は少なくありません。

 

この反論の仕方を教えてしまう法律家は

いないとは思いますが、そんな事をする

ならば、法律家の命を放棄しているからです。

さすがに、そういう者はいないと信じたい。