自力かなわで流転せり

人間は人間である間を全てと思っていますが、[仏様でないから、分かりません]生まれる前もあり、死んで次の生もあります。

親鸞聖人がずーっと迷って、生まれては死に生まれては死にを繰り返し迷ってきたが、本師源空がおられなければ、また自力かなわずに流転していた、と言われています。流転してきた過去世にもずーっと阿弥陀仏 阿弥陀様は我が名を称えよ、それを何生も逃げてきたのは誰か。嫌だから、いまでも人間に生まれながら流転しようと逃げている。

 

[はい!]とならん。大音量で叫ばれてきたのに、逃げてきた。南無阿弥陀仏はちゃちな会館[正式名称浄土真宗親鸞会]の中だけで流れとると思っている。あわれ、愚か。

 

くだらんもんには[はい!はい!]

例えば、高森顕徹には、[はい!]

念仏には[はい!]とならん。

ただの文字の、そこのあなた!

 

ついて離れない南無阿弥陀仏

次の生は仏の悟り 極楽に直ぐに生まれる。有難いことです。人間程度何をほざいても、これは有難い

なまんだぶ なんまんだぶなんまんだぶ