独特の言葉を使わないで 一枚起請文 明日は久しぶりの沙汰で嬉しい。

夕顔の日記

 

くっだらない高森会の付き合いしなくていいのは、なんとも楽しい幸せな時間ですよ

 

沙汰ですからその前に、思うところ書いておきます。法然聖人が亡くなられる直前に書かれた一枚起請文の「南無阿弥陀仏」の中に信心を恵まれた立場から読めば「南無阿弥陀仏と申して、疑いなく往生するぞと思い取りて申す」=「疑いなく往生するぞと思い取りて南無阿弥陀仏と申す」ちょっと、ひっくり返してみました。

 

また観経の三心(さんじん)も四修(ししゅ)も南無阿弥陀仏にて往生するぞと思ううちにこもり候うなり。ということで、南無阿弥陀仏は観経の至誠心(嘘偽りの無い真の心)、深心(自身のありようを自省し、阿弥陀仏の本願の力による救いを深く信じる心、回向発願心(阿弥陀仏の浄土へ往生したいと願う心)の三つの心も含んでいる。つまり法然聖人の「南無阿弥陀仏」は疑蓋交わることなしの心と味わえる。

 

では あした ごきげんよう