高森親鸞会というのは、人が想像する数倍くらいの底意地が悪いと考えてください

夕顔の日記

 

私にも、いろいろ保身で、くねくね書いておきたいこともあるのですが、そういう言葉はすべて省いています。もとより最低限の備えをバカでないので少しはしますが、思うところかなりあり、書いています。

 

理由は相手が高森親鸞会だからです。相当おかしいからです。おかしいと言っても見た目では分かりません。

 

例えば「私も含めて気をつけていきましょうね」と書いたとします。こういう言葉は日常よく使われますね。

 

 

ですが、高森親鸞会に使ってはいけません。「高森会会員には無かったことに会員は正しいになり、私だけの問題にされます。」底知れない悪感情です。悪くとるのの天才です。

 

そのくせ、「物事を良いようにとるようにしよう」と主張しています。これは、高森顕徹やその仲間達には文句言うなということです。あれで文句言うな、黙れ、となると盗人猛々しい

 

悪いのは全部相手、正しいのは全部高森顕徹(やかましいわ、そんなんあるわけないやん、人間同士で)それを、「はい~~~~~!!!!!」とものすごい声をあげるから。

 

では、どうして、教義はめちゃくちゃ、書き順は滅茶苦茶、漢字は間違える、(これは私の視点ですが、決して好みでない。まあ好きな人も否定はしませんが)字そのものまで間違える、まだまだ書きたいけれど、長くなると読めないし長いセンテンスは読み込めないから区切るのも一苦労。

 

 

こんな人を何故に「全部が全部やで?正しい」と、思い込めるのか?非常に七不思議。優柔不断な人が多いんですか?

 

「みんなが」「みんながいいと言うから」三重の坂口美穂子大幹部そうでしたわこれ、「バンドワゴン効果

ようは多数派になりたい子の集まり。少しは何か覚えたら?

 

多数に合わせて流される。自分の価値基準無いから、妄想。妄想です。ここでも妄想か。でも実際は、社会から見たら極々少数派の中のまたまた少数派、

「おちょこの中で騒ぐ蚊」