どう書いたら分かるのかな?

夕顔の日記

 

「自力」ってなんですか?その正体はなんですか?という質問が過去にありました。その方は、大変熱心な会員さんでしたが、疑問を持たれ辞められていました。30年選手です。

 

今は生かされて大変幸せに日々を送っておられますが、正直言って相当疲れておられます。この方を思うたびに私は、「なんてことをしてくれたんだ」どれだけの人生と人材をめちゃくちゃにしたんだと、思わずにいられないのです。

 

そこで「自力」とはなんですか?という30年のプライドを捨てて言われたときに決心しました。ブログを書こう、書けるまでと思いました。

 

ぶっちゃけ、今まで書いてみて「根拠はまたか感覚で読まない」「難しいのは嫌」「短いのが良い」「内部事情がいい」

 

では、地べたを這うように書こうと思います。それから、ほかのブログが読めたら最高ですね。

 

ぶっちゃけ、本願に向かって考えあれこれ救われたいとかんがえることが「自力」

本願ではないものに向かって考えあれこれするのは、ただの煩悩。そう呼んでいるだけなんです。

 

あの、煩悩しかないんですからね。そのほかに持っているものは何も無いんですから。

煩悩に変わりはないが、あえて「自力」と呼んだり「疑情」と呼んだりしてるだけです。

 

 

勿体つけて、高森みたいに一日もかけて、どころか何十年もかけて、聞く人を混乱させる必要は全くないのです。