高森が「今日では絶対の幸福」というなどのたもうてますが

夕顔の日記

 

高森会合宿「腕の一本や二本へし折っても・・・血の海になっても・・・」で吐いた警察官の名前を教えてあげましょうか?といっても私も、善意の一般人をさらすマネはしませんよ。

 

さて高森がよく「絶対の幸福」と今日言う、と言ってるあれ、煩悩の極致ととらえてるとしかかんがえられませんよね。絶対の幸福になれんもんは、地獄と言っている

土方徹也に至っては宇宙の真理をまるもらいですからね。

(これだけ責めたら恭子がいい待遇にしてくれるかもよ。真鍋がいい例で)

 

まじめに話を聞いておったのだろう、知能も高いはずの中本が、昔どんどん痩せていった、これが純粋な聞き方なんですよ。

 

あとのもんは手をうまいこと手を抜いておった。

そりゃそうですわ、まともに話を理解して布施してみ、どんどんどんどん体が弱って痩せる。聞き間違いとかいう言葉が大好きです。しかし、中本聞き間違っていなかった。

 

あとのもんは、適度にしているから、わしなんか、まだ教学も覚えとらんしまだ布施も少ないし・・・とこういう嘆き話になるんです。何を聖道門もどきで遊んでるんですか。

 

一番頭に来たのは、三重の坂口弘美(何十年もされたお年寄り、法話があれば毎回、代表施主だった、その坂口家で聞いたんですよ。「わしゃあ、だめじゃった、地獄へいかにゃならん」まもなく亡くなられましたけど。

 

この時は、雨漏りするかと思うほどのあばら家で、足に針を刺しながら、あの教学を覚えておられたんですね、教学はずっとまえの話ですが・・・私は初めて、贅沢三昧でぬくぬくしている高森顕徹がおかしい!!と思いました。

 

坂口美穂子さん曰くの行学とやら、(まったく意味わかりませんが)しかも、両輪そろうて前に進むて、前・・てどこよ。

教学って、何?あれを記憶しても意味がないんですよ。間違いなんだから。とくに重要なところがおかしい。「十劫安心」の解釈、あれは罪ですよーーー間違えて教えて。

だから、こんな程度の理解しかできない人たちは、速攻で「十劫安心」と言ってきますからね。