カミソリ歎異抄を高森親鸞会に持たせていいのですか

夕顔の日記

 

いよいよ歎異抄ですか高森。

 

歎異抄はカミソリだったんでなかったの?自らカミソリにはまって、故意か知らんのかは分かりませんが、たくさんの人を傷つけました。高森先生が言われたからで押し切ってきました。聞きなさい、前川正義 ミニチュア高森ですから。そんな三つ指ついて我が女房に礼させて、歩き方を真似て話し方を真似ているばあいでないんですよ。ほんとに危ない。

 

歎異抄第二章(私はここのところ、近藤さん存命中に沙汰して本当に良かったです)

 

前にも書きましたが、

「おのおの十余か国のさかいをこえて、身命をかえりみずして、たずねきたらしめたまう御こころざし、ひとえに往生極楽のみちをといきかんがためなり。」

 

と冒頭にくる章です。耳タコ状態の部分ですね。親鸞聖人は

「 よき人の仰せを被りて信ずるほかに、別の子細なきなり」

とこたえられています。

 

ここを見事に、とんでもない「知識帰命」の異安心にすり替えたのが戦後類まれな嘘の天才高森親鸞会

 

あ、文章が長くなってきた、高森親鸞会の人間が読めなくなる。ここを知識帰命と理解してはならない、だーからカミソリなんです。歎異抄。高森にカミソリ持たせたら、自他ともに傷つける、実際多くの人が間違え、傷つきました。その数いくらか数えきれない。今も残っている人の何倍の人がきずつけられたでしょうか?