高森流 因果の道理

夕顔の日記

 

と、ある高森の演題で因果の道理(なぜか腐るほど因果の道理はあります)物事、あきらめさせるに丁度良いですからね。私がなんか悪かったのだろうで・・・・的に。

それこそ、スイカの玉がごろごろするより因果の道理を好んで話しました。本当に多いです。

 

そこで、子どもが悪さをしたら、または不幸にして五体満足で無かったらその理由はどこにあったのか、なかなか難しい問題です。ところが、高森は、アシスタントが黙る中、この時はアシスタントは近藤智史さんでしたね。その理由は何かと高森が近藤さんに迫ります。こんなのわからないんですよ。なのに、高森は、「生んだからじゃろがあ」といいました会場の人はうなづいていましたが、ほんとに生んだからですか?違いますよね。こういう、いただけない因果の道理の話をさんざんします。ネタがなくなると、会場の会員から因果の道理のたとえ話を募っている有様でした。

 

あのね、なんどでも阿弥陀様の話をしたらいいんですよ。念仏嫌いな布教市など聞いたことないですが念仏の話したらいいんですよ。

 

高森の話はあやふやですから、ほんとにもっとちゃんとした布教師から聞いてください。子どもがこうです、「生んだからだ、産まねば良かった」これは因果の道理でなくても、ドン引きです。