1000万で縛らなくても どんなになっても格好悪くても

夕顔の日記

 

近藤智史さんが、これまでのものをゼロにして(私はマイナスと言いましたが)恥ずかしいとか、そういうことでなくて今生で何を言われても南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏

いつも称えていました。病院の個室からかかる電話には、死を覚悟した近藤さんが、最後に法が分かって幸せだった、あのまま終わっていたら大変な後悔をしていただろうと言いました。高森親鸞会の中でアシスタントやって何が得られたか、何もない。自分はやめて、意地ではないよしあわせだったと思う。パソコンからもブログに書き込んでいた、亡くなる4日前にも書かれていた。何も知らない人が近藤さんを誹謗していた。近藤さんにとって、西の国は意識できても世の中に何かを、とは全く思ってないのはよくわかった。

 

高森会の講師や長い幹部会員さんたちは、恥ずかしいだの聞法の敗残者だのという誹謗中傷が来ることがこわいですか?

 

そんなことが怖くて必ず来る死に耐えられますか?私は一人一人が憎いとは思わなくなています。あれで、本当にいいのだろうか・・・という思いはあります。放置してしまえという冷たさはありません、せっかく一生懸命求めて、わからなかったら気の毒だなと。ここひとつ、聞けばあとは怖くないではないですか、ここひとつまともなところで聞いてから、高森会に籍を置いておきたければおけばいい。

彼らは誹謗中傷しますが根拠は何もありませんよ。結局高森が言ったから、が根拠です。欲しいものが何十年も分からない、これは気の毒です。

ならば、いままではやめろ、しか言われなかったでしょうが、籍をおいていてもいいではないですか。分かってください、そんなに欲しかったのならば。

 

高森ファミリーは難しいかもしれませんね。でも、どっかで分かってくれたらいいでしょう。高森恭子が何をやってきたか、それはご自身がわかることです。

恭子さん、間違ったことで威張って、とんでもないことをしてきても社会の全員が見捨てても大嫌いでも、阿弥陀様は違うでしょう。誰もあなたを心で嫌いでも阿弥陀様の慈悲は違うでしょう。

と、私は、思ってはいますが、・・・どこどこまでも漬け込んでくるので気をつけろとは、近藤さんの言葉です。

何もうばわれはしないのに、何を立ち回っているのかわかりません。

 

1000万円をやめるときは払えという誓約書を書かせるときに、部屋を次々変えてみたり、だれが盗聴器をつけるんですか、馬鹿らしいでしょう。

 

一般の会社ならば、1000万のやすい退職金だが払ってもらって辞めますね。逆です、頭が逆だから違和感があるの。