夕顔の日記

 

信心決定という言葉を使って初めて高森の家に電話したのは近藤智史さんです。

その時の電話をかける場所に、私はたまたまいましたから。

最初奥様が電話に出られて、次に高森が出ました。

聞こえるようにしてくれていたので、完全に聞こえました。

「良かったね それは良かったね、これからが大事だね」

「しかし、私近藤は口が軽いものですから、講師部の前で言ってたくさんの批判をいただきました。」

「ああ、、いや、そうだろうよ」

「私近藤自身はどうなろうと構いませんが、講師部の反応は大変残念です」

高森恭子なんか

「あんた、信心決定したと言ったそうね」と怒る内容か?みたいな内容に怒っています。あり得ないと自分が思っているからですよね。

 

それからです、あれよあれよと、いらない話を広める輩が出てまいりまして、何か私が宗教法人作るんでないかとか、あっけにとられる馬鹿話(絶対あり得ない話になってました)増井信さんまでもが、わけのわからない人たちの話を信じているように思えて残念でした。実際は知りませんが。私がどうか、と自身に問えば、一番は阿弥陀様以外にはありません

一番の縁となったのは、これはわかりませんが滝山さんでないかと思っていますがわかりません。実際わからないんです。信心決定という場や時間などわかりませんし、人がいたかといえばいない時間のほうが多かったからです。しかし私の機をまったく交えずに届けられたものですから、いい加減なことは、言えません。

 

一連の騒動についてはそれぞれの思いがあっての事でしょうから、今更言いません。

反省すべきところは反省してください。それで結構です。